オーラソーマ〜盲目の薬剤師だった創始者ヴィッキーさんの自伝的本を読んで

セルフヒーリングの毎日です。

10年ほど前に出会ったオーラソーマ。

創始者のヴィッキーさんの自伝的本を読み返していますが、今読むと1ページ1ページめくる度に、泣けて泣けて…

オーラソーマは、本当の自分を思い出したいと願う人のためのカラーシステムで、1983年に盲目の薬剤師でありセラピストであった英国のヴィッキー・ウォールによって生み出されました。

視力を失った後に、こんな素晴らしい様々な色を生み出せるなんて。

オーラソーマは、キラキラした美しいボトルが注目されていますが、お父さんはカバラのマスター。オーラソーマを学ぶうちに、自然と奥深いカバラの世界に導かれます。

私も、もっと勉強したいです。

それでは、ちょっと抜粋させていただきます。

美しい文体にも、うっとり。

ヴィッキーさんとは

私はロンドンに生まれました。七番目の子供の、そのまた七番目の子としてです。父もその両親も、ハシディズムの人でした。ハシディズムのというのは、聖書の神秘的な側面を含む深い宗教の一派で、父はカバラとゾハール(モーセの五書のヘブライの神秘主義的注釈書)のマスターであり、そんな背景のせいで、植物の癒しの作用や、薬効に関する知識、そして自然の癒しの方法に詳しかったのです。

バランスボトルの誕生

沢山の人を癒し、たくさんの人たちの人生を変えたオーラソーマ「バランス」ボトルが生まれたのは、実は私が失明した後のことなのです。そしてそれは、まさに人の魂を映し出す鏡であることが明らかになってきました。このユニークなカラーセラピーは、多くの生きたエネルギーを受け取りながら進化し、肉体、心、魂の全てのレベルをヒーリングするもので、他の多くのセラピーの助けにもなります。

契約のしるし

ここで特に記しておきたいのは、はるか昔、人類がその愚かな振る舞いによって滅亡の危機に瀕したとき、ノアに最初のニューエイジ(新しい時代)の約束が与えられた、ということです。今日、いつ、誰が核のボタンを押すのかという恐怖で、たくさんのハートが震えている一方、キリストの再来と、ニューエイジについての約束が繰り返し説かれ、たくさんの人がその訪れを待っています。けれども私は心から言いたいのですが、それはもうここにあるのです。ノアに与えられた約束の意味は、神は二度と世界を滅ぼそうとはしない、ということなのです。その契約は初めて、虹の色を通して表されました。

わたしは雲の中に虹を置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。
創世記九章十三節

古代の伝承

父の本分はヒーリングでした。うちでは、医者を呼んだ覚えがありません。私たちがまだ小さいうちから、父は私たちのあらゆる必要を見て取って、あらゆる病気の世話をしていました。例えば私は、扁桃腺がとても弱かったのです。

あるとき、それは炎症を起こし、私はあまりの痛みに惨めに涙していました。今でも温めた酢の酸っぱい匂いを嗅ぐと、父が丹念に茶色の紙を折り、その折り目に酢を注ぎ、それをリネンのハンカチで包んで、その上に熱いアイロンをかけていた姿がよみがえってきます。それから父は、そのハンカチで私の喉の周りを丁寧に湿布したのですが、次の朝には、もう痛みは消えていました。

それから何年も経ったのち、私はどうしてその処方が功を奏したのか、初めて理解しました。その起源は、古代の伝承にあったのです。当時のクラフト紙は、木のパルプをひいて作られており、紙の中に実際に木の繊維が透けて見え、さまざまな鎮痛剤の元となるエッセンスや樹脂が、豊富に含まれていました。それがアルコールや酸に溶け、熱を加えることで、さらにその効果が倍加されたのです。

愛するお父さんとの思い出

当時の男の人は、厳格な時間割で生きており、私の父もその例外ではなく、私は、自分たちがいつどこへ行くのか、何をするのか、すっかり分かっていました。

土曜日の朝は、床屋へ行くのが決まり。当時の男の人は、かみそりで髭を剃ってもらっていました。父はとても美しいブラウンの瞳を持ったハンサムな人で、そのまなざしは暖かくて表情に富み、相手のハートを射抜くようなところがありました。人を見るときには、まるで二つの祭壇にキャンドルがともるかのよう。大きくはないけれど、はしばみの実のような爪のそろった美しい手を持ち、肩幅は広く、腰は細く、姿勢も良く、人づてに聞いたところによると、彼は85歳で亡くなるまで、少しの贅肉も身につけなかったとのこと。彼の身のこなしには、王者の風格がありましたが、にもかかわらず、彼はつつましい穏やかな人で、声を荒げた姿は、一度も見たことがありません。真っすぐなまなざしだけで、事は足りました。常に、しみひとつない服を着て、すべてにわたってきちんとしており、自分の身体を神殿として敬意を払っている人でした。子供たちは皆、心から彼を愛し、尊敬していたのです。

二人で歩いているとき、あちこちに豊富に生えている薬草を指差しながら、私に聞いたものです。「いったい、どれが、パパのかわいそうな手を治してくれると思う?」もちろん、かわいそうな手などありはしないのですが、私はどの草が愛しい父の役に立ってくれるだろうかと、あちこちのハーブや花の周りを、夢中で歩いて回ったものでした。そんなふうにして彼は、私の内にすでにあった本能が花開く助けをしてくれたのです。父がさまざまなハーブや花について説明してくれるたび、私の胸は踊りました。その言葉の一つ一つには、植物への愛があり、彼はそれぞれの植物の癒しの効用を、その植物との実際の関わりの中から見出していました。たとえ一本の草でさえも、むやみに摘むのは許されませんでした。

こうした父との関わりこそ、私の幼い、満たされないハートの求めてやまぬものでした。目に見えるもの、あるいは目に見えない生命力を、私はすべて父を通して学んだのです。私たちはまるで、子供心に疑いもなく受け入れていた内なる知識の中で、一つに結ばれているかのようでした。そしてまた、私の父は、そのまた父に結びつき、そしてその父はまたその父に、といった具合に。そんなふうに、永遠へと長い長い鎖が伸びているのが感じられるのです。

オーラソーマ―奇跡のカラーヒーリング (OEJ Books)

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